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Dave

 

フィリピン留学を決めたとき、たくさんの悩みが出てきました。私がまだ20歳で幼いということもあり、英語を勉強したいという思いよりは、遊びたい思いが強かったためです。

留学を決めて、フィリピンで勉強を2ヶ月間しながら、私はここに来たことを、決めてよかったと心から思いました。2ヶ月という時間をC21で過ごして、英語勉強だけでなく、たくさんのことを学び、感じました。

必要だと感じたため、インターネットで、フィリピンにある語学院を、検索しました。

見つけたC21語学院が体系的なカリキュラムと、さまざまなアクティビティーがあるとのことで選択しました。

ED(English domitory)と EOP(English Only Policy)という政策は、私がC21を選択することにした、一番大きな要因です。学校に来る前は、私はどんな期待もありませんでした。留学に来る1週間前まで、私は‘まぁどうにかなるでしょう。行ってみて、すぐに帰って来たらいい’という、あいまいな考えを持っていて、少しずつ韓国を経つ日にちが近づいてくると、留学に対する期待よりは、恐怖を感じるようになりました。英語の勉強をがんばるという固い決意をなく決めた留学であったため、今回の留学に恐怖を感じていたのだと思います。

このような考えを持っていながら、到着したフィリピンの生活で、私の最初の考えは変わりました。最初の週を過ごしながら、一番初めに持っていた考えを捨てて、学校生活と寮生活に適応することが出来、フィリピンの先生と先に勉強していた兄、姉たちの助けでフィリピン生活で安心できる場所を見つけられました。まだ、私自身、英語に対する切迫感がないからか、私の学校生活が勉強よりは、フィリピンでの文化体験と旅行に焦点を合わせていました。私にとってフィリピンの記憶は、学校でのグループスタディ、夜間授業、金曜日アクティビティーよりは、ルームメイトたちと遊んだことが一番印象に残っています。

もちろん、学校のカリキュラムは、英語に関する切迫感がない私にまで、英語に関する関心を持たせてくれました。学校のカリキュラムの中で、一番気に入ったのは、上でも言ったように、EDとEOPという、政策でした。学校と寮内では、英語だけを使用しなければならなかったので、最初は英語を使うのが何か恥ずかしくて、一言もしゃべれず、部屋にずっと閉じこもっていました。学校でも、公的な時だけ話していました。しかし、だんだん日が経つにつれて、積極的な姿勢が必要だということを感じるようになり、このことを通して、英語勉強だけでなく、勉強自体に対する私の姿勢が変わりました。

そして、ここに来る前に聞いていた、学校に関する内容の中のひとつで、厳しく勉強をさせるセミスパルタ式と聞いていましたが、午後5時から、夜間授業までの時間は個人の時間が持てたので、そんなにむちゃくちゃ厳しいスケジュールではなかったです。最初の月の週末には、マニラを回って、お兄さん、お姉さんたちと楽しい時間を過ごし、次の月には旅行に行き、平日には勉強して、週末の休日を満喫し、こういった生活リズムが勉強するのにとても効果的だったと思います。

留学しながら思ったことは、勉強をしようと思ったら、自らの意思が一番重要だということです。C21のカリキュラムが最高だと、自信を持って進めてくれるけど、付いていく意思が自分自身にないと、どんないいカリキュラムだとしても、まったく意味がないということを留学が終わる2週間前に、流されている自分の姿を見ながら感じました。

韓国に帰る3週間前から、旅行に行き始めたんですが、毎週週末に旅行に行くから、旅行から日常に戻る前に、旅行を離れてみたら、旅行が学校の勉強にまで支障を来たし、最後のまとめをうまく出来なかったことが、最後とても残念なこととして残りました。最後の寮生活と旅行環境、学校生活の後ろで、全てのことを手伝ってくれたマネージャーのお兄さんに感謝の言葉を送りたいです。そして、2ヶ月の留学期間、体を壊すこともなく、安全に最後まで過ごすことが出来たことに感謝しています。